中継ぎのスター、高橋聡文選手について調べてみた

野球で投手と言えば、やっぱり先発が花形で抑えにもチームを代表する選手が使われる印象ですが、中継ぎも重要です。今回は長く中日は阪神の中継ぎとして活躍した高橋 聡文選手について語ります。

高橋 聡文選手が残した主な記録

高橋選手は2019年にプロ野球選手としては引退されています。現役時代は救援一筋で、記録で見るとホールドが多くなっています。2001年のドラフト会議で中日に入り、そこでは99ホールドをマーク。この数字は中日ドラゴンズの球団記録の歴代5位の記録です。その後阪神に移籍し、引退までに計141ホールドを積み上げました。また、中日ドラゴンズでの連続登板無失点記録(31試合)を持っています。これは高橋選手が2005年に作った記録で、20年近く破られていないことになります。最近ではライデル・マルティネス選手がこの記録に迫りましたが、惜しくも28試合と届きませんでした。今後もドラゴンズでこの記録を破る選手はなかなか出てこないのかもしれません(それほど、すごい記録です)。ちなみに、日本プロ野球としての連続登板無失点記録は平良海馬選手の39試合となっています。

全盛期は?特にすごかったのはいつ?

高橋選手は2004年に一軍のマウンドに初めて上がってから、引退する2019年まで毎年一軍のマウンドで投げています(2019年だけは引退する際の1/3回だけですが)。それだけ長く活躍した選手であるため、特にどの年がすごかったかと言われると、人によって評価は分かれるでしょう。ただ、個人的には2010年が特にすごかったと思っています。おそらくドラゴンズファンの多くもこの意見が多いのではないでしょうか?高橋選手はこの年31ホールドという成績を残しており、チームのリーグ優勝に絶大な貢献をしました。ちなみにこの年は浅尾選手も47ホールドです。二人で計78ホールドをあげたことになり、間違いなくこの年最強のセットアッパーコンビでした。この年に高橋選手も浅尾選手も自身のキャリアの中で最もホールドが多かった年になっています。

なお、高橋選手本人は、引退会見のインタビューで、「チームを代表する左バッターを抑えることだけを考えて18年間やってきた」とコメントを残しています。特に阪神の金本知憲選手や巨人の阿部慎之助選手などとの対戦が現役時代の思い出として強く残っているようです。高橋選手の当時の試合映像はYoutubeなどに残っていますが、もしかしたら左打者との対戦の方がより熱い投球をしているのかもしれません。

まとめ

今後はまだ模索中ではあるのかもしれないですが、おそらく監督やコーチなどとしてはではなく、メディアに露出し野球評論家としての道に進もうとしていると思われます。本人のインタビューによると、「現役時代は目立ちたくなかったが、引退してからはSNSを通じて積極的にファンとコミュニケーションをとるようにしている」

とのことです。今後はテレビやネットの番組に出演し、野球に関する情報を発信してくれるものと思われます。